2008年7月アーカイブ

2008年7月30日

シーズンイン

例年の通り、本格的な阿波踊りシーズンに入りました。今年もいつもの通り激しいスケジュールになっています。先週の神楽坂を皮切りに今週末は東林間、両国、錦糸町、1週空けて盆に徳島、帰着日に下北沢、翌日亀戸・・・正直この盆の連続出演を本当にこなせるのかかなり不安です。で、高円寺。その後も山形、福島(これは不確定)、川崎と続きます。毎年のことですが、自分であきれます。

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ところで土曜日の神楽坂。昨年から人が増えています。ドラマのせいですかね。今年も引き続き混んでいたのですが、何故かな?いつも隅田川の花火とかち合うので、割と少なめなんです。昨年はドラマの影響かと思いましたが、2年続くと不思議に思います。神楽坂という地域が一般的に有名になったということなんですかね。
前にも書きましたが、市谷の現防衛省の場所が戦時中の陸軍本部だったそうで、その両脇に位置する神楽坂と隣町の荒木町は陸軍の歓楽街として発展したそうです。神楽坂って少しお高いイメージだったのですが、この話を聞いて以来なんだか親しみがあります。
神楽坂のお祭りは踊りの途中で裏道を移動するのですが、おいしそうな店が多いです。高円寺なんかの時はちょっとビール一杯ちょうだいよ、なんてノリですが、ここでは「もう今日は踊りやめて、腰すえて飲もうかな」って気になります。

2008年7月24日

有楽町で踊りました

昨日、有楽町駅前電気ビルにある「ふるさと情報プラザ」で踊ってきました。
一部が落語家・立川左談次師匠で、二部が我々飛鳥連。出演前の週の昼間に左談次師匠含めて打ち合わせがあったのですが、「近いからお前が行け」ということで、ハナから関り、イベントの面倒を仕切ることになってしまいました。
写真を撮るの忘れたのですが、丸の内界隈のオフィシャルHPで紹介していただいたので、よろしければご覧ください。

http://www.marunouchi.com/textview_new/textview.cgi?kubun_id=52

打ち合わせもそうですが、夕方の開演につき控え室の集合自体は結構早く、「平日のこんな時間に皆さんよく集まれますね」と言われ少し赤面の思い。確かにそうです。高円寺の阿波踊りに関る御バカな人達って本当に信じられないくらい時間の融通が効きます。イヤ、効かせてるのかな、無理矢理。そういえば「あまり休めないから仕事変えたよ」なんて言ってた人間の噂を聞いたことがあります。まあ、かく言う私も10数年前に独立した際「阿波踊りのために独立したんだよね」という不名誉な誤解をよく受けました。しかも、一部ではまだ訂正されていない気がします。迷惑の先は仕事先だけに限らず家族にも及びますが、それでも皆さんよくやります。この日も結局20人を超える人間が集まりました。
みんな、仕事してる?

2008年7月15日

新車

7年間乗ったMUJIチャリが今朝、盗まれました。愛着があったかと言うと、そんな事はない、と思っていたのですが、なくなるとやはり淋しい。第一不便。駐禁地獄と化した都内では自転車は欠かせない交通手段。おかげで今日一日だけでもかなり予定が崩れました。だから早速新車を手配!もちろんMUJIチャリ!有楽町店で即日納品可能なノーマルタイプ(一番安い)を発見。電話でお願いして7時半に取りに行きました。全く、と言っていいほど新鮮味はありませんでしたが、夜の帰り道がとても気持ち良かった。皇居の周りはランナーのいない外側を走り、信号でよくつかえるのですが、人が少なく景色が良いので気になりません。色々写真を撮ろうと思ったのですが、携帯カメラなのでハレーションを起こして全然だめですね。肉眼で感じる美しさが伝わりません。まあ、何にせよ素敵でした。機会があればお勧めです。私自身もこの辺りはいつもバイクで移動するので、こんなにジックリ見たことがありません。前にも思ったことがあるのですが、町を見るのって自転車が一番良いですね。

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2008年7月14日

暑い!

ギリギリ投了の脚本のおかげで、急ピッチに舞台練習が進んでいます。
阿波踊りの練習は大抵高円寺付近の小学校の体育館などを使用するのですが、近隣への配慮から音が漏れないよう扉を閉め切って行います。発表の外気温は33度。一体何度くらいだったのでしょう、この体育館。毎年のことですが、立っているだけで汗が出てきます。休憩時外に出て、33度の外気に触れると皆「涼しいー!」。異常です。小学生も多いので熱中症が心配ですが、これまではそのような事件は起きていません。私など演出担当なので自分のソロパート以外は舞台の上からああだの、こうだの文句を言っているだけなのですがそれでも着ているものは下着までビッショリ。踊り続けている連中はそれこそ大変なことになっていました。

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ちなみにこの日は昨年私たちの連の踊りを見て感動したという物好きなアメリカ人カメラマンが「練習から撮りたい」と意気込んで来ていましたが、彼もまた汗だくになっていましたね。まあ、彼は好きでやっている訳だし、そこそこ楽しそうにしていたので良いのですが、可哀相だったのは通訳の女性です。何の因果でサウナ並の暑さと汗の匂いが充満する中に2時間もいなくてはならなかったのか?ご愁傷様です。

2008年7月10日

東京第一木材市場

写真撮るの忘れました。残念。
読んでの通り、材木の市場。この日は記念市で出ている材の量が一際多いそうで、新住協の会員さんに誘われて行ってきました。ちなみに通常、一般人は入れません。ひたちの牛久から歩いて10分。テレビなどでは見たことがありますが、実際にセリの場を見たのは初めてです。「3万円!」「サンマンエン、サンマンエン、サンマンエン、サンマンエン」「3万2千!」「ハイ、サンマンニセン、サンマンニセン、サンマンニセン、サンマンニセン、ホカナイホカナイ、これじゃあ原価だ、ガソリン代も出ないよ。さあ、サンマンニセン、サンマンニセン」「5千」「サンマンゴセン、サンマンゴセン、だから桁が違うよ!サンマンゴセン、サンマンゴセン」「4万!」「それっ!ガス代出ました。さあ、もう一声、ヨンマン、ヨンマン、ヨンマン、ヨンマン・・・・」。基本的に楽しそうです。が、おふざけはしても、生活がかかっているわけですから底には別な空気が漂います。いずれにせよ興味深かったです。木材そのものの値段もわかりました。最初一般市場に比べ随分安い感がありました、が、製材、運搬、材木店と手間と儲けが入っていけば結局元値は価格構成要素のひとつに過ぎませんからね。
さてこれだけの木材を前にして建設物価本でみるノーマルな材料は良いですよ、別に。こういう市場で見たいのはやはり通常流通に乗っていない特殊材。色々ありました。よく言うヒノキの3方無節の大物や銘木、エンジュの床柱の巨大サイズ。8寸とか!?いったい誰が使うんだ?って言うか珍しいからってこんな材料を使って品よく納めることができること自体スゴイ、みたいなもの多数。
紹介者の仲介で市場長にお会いした際「どんどん木を使ってくださいね!」と強く言われましたが、最近はやはり減少方向なのかな?ウチは木造多いのであまり実感ありませんが。
ちなみに現在設計中の物件で探していた4間ものの松丸太などはあっさり見つかりました。安心、安心。

2008年7月 4日

慶応病院

先日、お世話になっている会社の社長さんが打合せ中に倒れる、と言う事件がありました。周りにスタッフがいたおかげで対応が早く、大事に至らず済みました。当日はバタバタとしておりましたが、その日の夜にはスタッフの方から電話をいただき、まずは一安心。

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そんなわけで、救急車で運ばれた慶応病院に行ってきました。信濃町に越してきて6~7年経ちますが、実はこれが初めて。同じ町内ながら、敷居が高い気がして「病院に行こう」となっても「慶応へ」という発想は全くありません。なんか近くて遠い場所だなぁなんて思いながら入りました。まあ、でも中は別に普通ですね。当たり前か。面会もすんなり済みました。まあ本人はいたって元気そうでしたが、心筋梗塞だったようですので、よくよくご注意くださいね。
少し新鮮だったのは新宿方向の景色が普段とは違うアイレベルで見れたこと。病室が7階でしたのでとても眺めがよかったです。普段はこの景色総武線上の陸橋から見ていますが、落下防止の金網越しなので、網がなくてスッキリです。いつもは夕日が出ていたりすると金網をつかんで「太陽にほえろ」みたいなノリになりがちですのでね。

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