2009年3月アーカイブ

2009年3月26日

春間近

神宮外苑の枝垂れ桜が花をつけました。
木々の枝先に命が宿っているようです。

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今冬は経済不況とともにありました。
もう少し。春を待ち遠しく思います。

2009年3月16日

ビックサイトに気をつけろ!

先日、建築士定期講習に行ってきました。またか、って感じです。前回同様、講習受けて最後に終了考査、つまり試験ですね。「試験」と聞いただけで嫌になりますが、さすがにやらないわけにはいきません。講習時間はそんなに必要なの?と言いたくなる朝9時からの8.5時間拘束。長いです。
それでもせっかく受けるのですから講習はしっかり聞きたい、が、今回は睡魔との闘いとなりました。前回は一般的なテーブルにイスだったのですが、今回のビックサイト「国際会議場」のイスはクッションの効いたユッタリサイズで、頭まで持たせることのできるクッション付ハイバック。そこへ正面に一本調子で法解説を行う講師が設置されるわけです。眠るな、と言う方が無茶ですよ。こんな過酷な状況を用意しておきながら開始時には「試験は眠らなければ大丈夫です」とご丁寧な釘刺し。はっきり言って拷問でした。午前中だけで、何度も気を失いそうになりました。
さらにお昼の休憩ですが、一人熱の入った講師のおかげで終了時刻がオーバーしたにも関らず「法定講習ですので、遅刻にはご注意ください」。悪いことにビックサイトの食事施設は万遍ない総量には対応していても集中型には弱く、さらにこの日は大きなイベントがないため、食事施設の半分以上がしまっていました。そこへ800人からの人間が一度に掃き出されます。とりあえず目に付く食堂は全て長蛇の列。元々並ぶのが嫌いな人間ですので、早々にビツグサイトに見切りをつけました。駅の途中にマックがあったのでそこまで戻ったのですが、ここも満杯。近隣の目に付く店は何故かバイキングばかりで、今は選択肢に入りません。ビッグサイト周辺は建物が大きくてかなり先まで見通しが利くのですが歩いてみると予想以上の時間を取られます。ようやく適当な店を見つけたときには12時45分を超えておりました。1時のスタートのため5分で食べて会場へダッシュ。入場は800人の中で私が一番遅かった。危ないですね。ところで言うまでもなく、睡魔との戦いはここからが本当につらかった。内容はまあ、聞いておりました。聞こうとする姿勢もかなりあったのですが、いかんせんところどころ記憶が飛んでいます。こうなると人間卑しいもので仲間を見つけたくなるものです。ざっと会場を見渡し、明らかに眠そうな人間を見つけては、なんとなく安心、みたいな。何が安心なんだか。とにかくかなりの人が陥落寸前で、会場のいたるところで、舟を漕ぐ頭が見受けられました。
試験は、まあ、大丈夫でしょう。多分ね。とにかく皆さんお疲れ様でした。会場からの長いエスカレータから掃き出される疲労の集団は音もなく夕闇に消えていきました。

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2009年3月10日

寒中阿波踊り

粘着ホッカイロを貼って踊りました。16年のキャリア中、最低気温の出演。
大森駅ダイシン百貨店の徳島県キャンペーンだったのですが、とにかく寒い。前日までの陽気は影を潜め気候は完璧に「冬」。見物人がコートマフラーなのに何故かこちらは夏衣装という異様なシチュエーションです。寸前まで建物で待機して、外に出るときはもう決死の覚悟です。特にツラそうだったのがサクラ(女の男踊り)のお姉さま方。短パンにハッピですからね。寒さを凌ぐため皆が寄り添っている姿は衣装が白黒なだけに真冬の皇帝ペンギンを彷彿させました。

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大体出演が3回もあったのですが、その時間が10時、13時、15時・・・そもそも早いって!拘束時間が午前9時から夕方4時ですからね。内容は道路を流して舞台構成ですので量的に結構なものだったのですが、全く汗をかきません。マイクを持った江戸っ子の連長が「絶好の阿波踊り日和!踊って温まりましょう」と大変無理のあるコメントをしておりましたが、寒さのあまり苦笑いさえ浮かべることができません。
とにかく何から何まで特別な出演でしたね。

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阿波踊り以外にも出し物があったようですが、気温が低いので見物客をひきつけるのは大変。踊りが終わった後、じゃんけんゲームやクイズ大会をやっておりましたが参加者の大半は阿波踊り関係者でした。スダッチー(名称は宛て推量)も手持ち無沙汰のようでしたので一緒に一枚撮ってもらいましたよ。

2009年3月 5日

英才教育

今年初の本格的な練習です。平年に比べると早め。
先に書きましたが、今年は出演が多いため近々の外部出演に向け、冬眠明けの連員のリハビリも兼ねています。ただ3月初旬ですから気温はかなり低い。って言うかまだ冬です。阿波踊りって季節ではありませんよ。参加者も少なめ。ですが、先日のプチ出演で自分自身の体が鈍りまくっていることは明らかですので、それなりに練習しました。おかげで筋肉痛。

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飛鳥連は連員で30代半ばという年齢層が多く、練習にはジュニアが同行することが多い。よく体育館の片隅が即席保育園と化します。しかし、この日は参加者が少ないため子供の数は少なかった。写真は以前にも紹介した早川ジュニアの碧(あおい)くん。いつの間にか直立できるようになっておりまして、踊り子が行きかう中ジッと立ち尽くしております。以前からこの子は動かない時は本当に動かないのですが、這い這いは相当早かった。ただ歩く行為は未熟らしく、同じ場所からほとんど動きません。危ないよ。

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休憩中に小さな子はみんなの恰好のおもちゃになりますが、今日は鉦のシュモクを持ったため両親から英才教育を施されております。末恐ろしいですね。
しかし、お母さんのサオリちゃんは初めて会った時、小学生だったからなぁ。第一早川くんだって学生だったし。すごく年寄りになった気分。

2009年3月 1日

ちとしゃん亭2

先日、2度目の「ちとしゃん亭」に行ってきました。以前書きましたが、これは落語家・柳家紫文さんが経営する高円寺の飲み屋で不定期に開かれる落語会です。
この日のメインは柳家喜田八師匠。中入り前に主人である紫文師匠も上がりました。
喜田八師匠は二席で「やかん舐め」と「お直し」。最初の「やかん舐め」は平成の大名人・小三治師匠が埋もれていた古典から発掘・復活させた噺だそうです。周辺にいた通っぽい人たちも皆知りませんでしたので、かなり珍しいもののようでした。紫文師匠はお得意の三味線芸。ちなみにこの人は落語家である前に三味線の師匠でして、以前は歌舞伎座などに演者として出ていたほどの方なのです。最近はちょくちょくTV・ラジオで芸をしておりますが、あの三味線のベースにはとてもしっかりとしたものがあるのです。この日は都々逸を10ほどやって得意の「長谷川平蔵シリーズ」で締めておりました。

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さて、高座自体良かったのですが、この日は何よりもこの後の打ち上げがよかった。紫文さんが芸を披露したこともあって三味線を弾くモードになっていたのでしょうね。飲みながらかなり唄ってくれたのです。お得意の都々逸をはじめ、端唄や流し唄など。日本のこの手の唄って本当にお酒に合うんです。師匠に言わせると特に都々逸は日本の庶民文化の代表格。三味線がなくても手拍子でできるので、少し前まではそこら中で普通に聞こえていたそうです。時代とともに少しづつ減ってきたようですが、カラオケの登場によって完全に死滅したと言います。私はあまりカラオケが好きではないので、こういう話を聞くと非常に残念に思います。
この日、回りは見知らぬ方ばかりでしたが、都々逸や落語を通じていつの間にか会話が弾みました。喜田八師匠の二席目「お直し」に花魁に茶屋の若い衆が鍋焼き勧め色恋に発展するシーンがありますが、店のあちこちで女性に対して「鍋焼きでも食いねぇな」という声が聞こえました。日本の夜。楽しかった。

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